毒親の記憶と私の生活

毒親のことや日常の出来事や思ったことを書いていきます

毒兄弟

私には弟がいて実家に毒親と住んでいるのですが、この弟はすぐにカッとなって暴力を振るう人間で、毒母に似て口も汚いです。

 

親の財布やタンスの引き出しに入っているお金を盗みます。私も自分の部屋のタンスに入れてあったお金を盗まれました。

 

精神も病んでいて、隣の家に自分と年の近い男性が家族と住んでいるのですが、夜になると窓から覗いてその人を監視しています。

 

弟は相手が監視していると言います。

相手をだますつもりで、一階の洗面所や風呂場の電気をつけてから2階の階段上の窓から電気もつけず真っ暗の中、相手が覗いているかどうかを確認しています。

 

その反対で2階の電気をつけて1階の真っ暗な洗面所で窓を少しだけ開けて監視することもしています。

 

異常です。

 

夜洗面所の扉を開けると真っ暗闇の中に立たずんでいてびっくりします。

 

弟は一度も定職についたことがありません。

今は週に数日有償ボランティアをしているようですが、親の年金で暮らす引きこもりです。

 

そんな弟を毒親はとても可愛がっています。

 

ブログ名を変えてみた

毒親サバイバーの日常日記からブログ名を変えました。

 

私は子どもが小さいときに離婚して、しばらく毒家族のいる実家に身を寄せていましたが、あまりの毒に息子も私もメンタルを病んだ上、毒母が毒父に

 

「そうだ! いいこと思いついた! 庭に3畳の小屋を作ってこの人たちを閉じ込めようよ!」

と言い出し、毒父も

「お母さんが庭に小屋を作ってそこに入れるって言ってるけど入るか?」

って聞いてきて

「本気で言ってるの?」

って聞いたら

「うん、お母さんが言ってるから一応入るかどうか聞いとかないと」

と言い

 

後日毒母がいつものように私に絡んで暴言を吐きまくったあげく

「出ていけ! 出ていけ!」

とどなり、毒父も

「お母さんが出ていけ!って言ってるじゃないか!」

と言い、家を出されました。

 

もともとそんな実家には戻りたくはなかったけど、いろいろな考えがあって、私が我慢してしばらく一緒に生活するしかないと思って住んでいました。

 

そうそうブログ名ですが、日常のことを書くときにこのブログ名のほうがしっくりくるかなと思って変えてみました。

 

続けていくうちになんか違うなーと思えばまた変えるかもしれません。

 

 

 

 

先週嬉しかったこと

先週のNHKハートネットTVの虐待の後遺症を抱えてという番組で私の投稿が読み上げられました。

番組に参加した感じがして嬉しかった。

後遺症で苦しんでいる人がたくさんいることを知ってほしい。

 

私が虐待を受け始めたころは虐待という言葉を聞いたことがない時代でした。

虐待というと殴られたり、体を痛めつけられることを想像するけどそれだけじゃありません。

 

暴言を吐いたり、侮辱することも精神的虐待だし、性虐待やいじめと呼べるレベルでの兄弟差別も虐待。

必要なものを買えるのに買え与えなかったり、子どもからお金を奪ったりする経済的虐待や時代錯誤な古い価値観を強制的に押し付けていう通りにしないと罰を与えることも虐待です。

 

 

 

 

 

今日はケースワーカーさんが来る

私はうつ病を患っているので役所に勧められてケースワーカーさんについてもらっています。

 

今は週に1回ヘルパーさんに来てもらってお掃除をしてもらっていますが、他のことをやるにも体がしんどくて気力もなかなか出ないため、週2日にしてもらうための手続きに来られます。

 

私は現在福祉事業所で作業をしています。一日4時間の勤務ですが、家事をやると休みがちになってしまいます。

 

自分ひとりならもう少し出勤出来そうですが、息子とふたり暮らしなので、やることもひとり暮らしよりは多くなってしまいます。なのでヘルパーさんにもう少しお手伝いしてもらうことにしました。

 

 

ブログ始めてみた

何年か前からブログを始めたいと思いながら始めなかったけど、今年こそは始めるぞと思いながらも今年もあと2ヶ月となり、これはいかん!と思って始めてみました。でもまだやり方わかりません。

とりあえず文字を書くということだけしかできない。少しづつ慣れるといいな。